第九話「最終回はまじめな話」| 続・熱電おもしろ話

続・熱電おもしろ話を終わるにあたって、現在熱電素子が大活躍している分野についてお話します。それは、精密温調分野です。熱電素子は簡単に冷却、加熱の切り替えができることから±0.01℃以下の温調精度の達成が可能です。ブロードバンド化が進む光通信の光発振用レーザーの温調や微細化が進む半導体の製造工程での温調では±0.1℃レベルの高精度が求められるようになり熱電素子利用の精密温調システムが開発されました。

1.光通信用レーザーの温調

急速に発展している光ファイバー通信網のうち都市間を結ぶ幹線網では一本のファイバーに多数の異なる波長の光信号を載せて送るDWDM(Dense Wavelength Division Multiplexing:高密度波長分割多重通信)技術が使われています。最近では128波以上を同時に送るシステムも実用化されています。これらの光が混信しないためにはその波長がある許容範囲以内に安定していることが必須条件です。光を発振するのはレーザダイオード(LD)でその発振波長は温度により変化するのでDWDMでは±0.2℃以下の精度で温度を調整する必要があります。またレーザの発光効率は15から30%程度と低く、入力電力の大半が熱に変わるため冷却しなければ温度上昇で溶解してしまいます。そこで光通信の光を発生するLDは冷却されながら同時に温度が精密に保たれることが必要になります。この目的には熱電素子が最適で、そのコンパクトさも考えれば熱電温調以外にはない状況です。

光通信用温調システムは図1で示すように、半導体レーザを搭載したヒートシンク基板(熱拡散の目的で使われる)をモジュールの吸熱側にハンダで固定し、放熱側は金属のパッケージのそこにハンダで固定されています。このパッケージには窒素ガスまたは乾燥空気が充填されています。パッケージの裏側はグリースをかいして空冷フィンに接合されて、熱電モジュールで吸熱した熱を空気中に放出しています。

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品
  • クライスラーのトランクに設置されたエアコンの主要部

    図1
    光通信用のレーザーパッケージの
    外観写真と内部構造の概念図

このような熱電素子を搭載したレーザーパッケージが、世界中にはりめぐらされた光通信網の基幹部品として5千万個近く使われており、熱電素子なしでは、今のIT時代は実現できなかったと言っても過言ではありません。

2.半導体製造向け高精密温調クーリングプレート

シリコンウエハーに回路パターンを焼付、現像するフォトリソグラフィ工程では、回路の微細化に伴い波長の短いエキシマレーザーが使われるようになりましたが、エキシマレーザーの露光強度は弱いため、紫外線だけでなく熱に反応する化学増幅型レジスト(感光剤)が使用されています。露光後ウェーハを加熱して露光部の化学反応(感光)を促進するとともに、一定の時間後はウェーハ表面を均一に急速に冷却して表面内同時に化学反応を止める必要があります。その目的で使われるのが、ここで紹介する高精密温調クーリングプレートです。エキシマ以前の従来の工程でも露光後の加熱や冷却工程がありましたが、そのときのウェーハ表面温度均一性±0.3℃に対し3倍の精度の±0.1℃が要求されます。それとともに時間当たりのウェーハ処理枚数を増やすためにウェーハの冷却時間(表面温度分布が要求精度に入るまでの時間)も1/2にすることが求められました。従来のクーリングプレートは、図3に示すようにウェーハを載せるアルミプレートの下に□40mmの標準熱電モジュールを複数個設置してその下に水冷熱交換器を配置したものでした。

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品

    図3 従来のクーリングプレート

  • クライスラーのトランクに設置されたエアコンの主要部

    図4 従来プレートの温度パターン

図5 新型クーリングプレート

このプレートでは、冷却速度を上げるために熱電モジュールに与える電流値をあげると、各熱電モジュールの形に沿った温度分布が図4のようにできてしまい面内温度差が大きくなります。この温度差を小さくしようとすれば冷却速度を落とさざるをえなくなります。また熱拡散板として機能しているアルミプレートの厚さを増やして、温度分布を均一化することが考えられますが、これも冷却速度を落としてしまいます。
そこで、図5に示すように、アルミプレート下面全体を熱電素子対で覆い一つのモジュールとして構成したものを製作しました。モジュールの大きさは直径φ325mmで熱電素子の対数は1200です。

従来型プレートの温度分布(図4)に対応する本プレートの温度分布は図6に示すように均一になっていることがわかります。図7は250℃に加熱されたウェーハを本クーリングプレートに載せたときのウェーハ表面24箇所の温度の計測結果です。35秒以内でウェーハ表面各部の温度が23℃±0.1℃に収束していることがわかります。

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品

    図3 従来のクーリングプレート

  • クライスラーのトランクに設置されたエアコンの主要部

    図7 ウエーハの温度変化

本クーリングプレートは最先端のコータデベロッパーに既に10000枚以上搭載されて、世界各地で半導体製造に大きく貢献しています。

おわりに

熱電素子の存在を知った時には、だれでも興奮するものです。あれもできる、これもできると夢がどんどん膨らみます。しかし、いままで紹介してきたように簡単に思いつくものは、なかなか実用化まで行きつきませんでした。熱電素子はシンプルなだけに実用化は難しいと言えます。
しかし、最先端技術分野では熱電素子がなくてはならないデバイスになってきていることを、皆様にご理解いただいてこのシリーズを終わりたいと思います。