第六話 「電子氷柱はいかがですか?」| 続・熱電おもしろ話

冷房期のオフィスでは、暑い暑いと騒ぐ男性とひざ掛けをして寒い寒いと嘆く女性をよく見かけます。これは暑さ、寒さの感覚に個人差があることと、オフィス機器などの熱負荷が偏在するためです。そこで、暑いと感じるところには氷柱を置いて、他のところは少し温度を上げたらどうだろうかという発想から電子氷柱すなわち放射型局所冷房パネルが生まれました。氷柱に近寄ると涼しく感じるのは、温度の低い氷の表面が人から放射熱を奪い皮膚温が下がるからです。

最近のオフィスは、パーティションで個人個人の仕事スペースを区切るところが多くなりましたが、それに加えて占有空間をそれぞれの好みに応じて快適状態に空調する「個人空調」のニーズが高まると1990年当時予測しました。オフィスをメインの全体空調で大まかに空調して「個人空調」では2次的にやさしい空調を提供することを目指しました。 それが、氷柱と同じ原理を使った放射冷房です。

放射冷房は写真1に示すようにローパーティションに組み込まれた放射伝熱面を使って行われます。これは限られた所だけを狙った冷房ですので放射型冷房パネルと名づけました。その構成は図1のようになっています。

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品

    写真1 放熱パネルの外観

  • クライスラーのトランクに設置されたエアコンの主要部

    図1 放射パネルの構成

ペルチェ素子で冷やされる放射伝熱面とペルチェ素子から放熱するフィンにパネルの下部から空気を送る放熱用送風ファン、電源・コントローラと結露水蒸発装置が60mmの厚さのパティションの中に組み込まれています。放射伝熱面のすぐ下の水平吹き出し口およびサーキュレーションファンは人体に微風をあてるためのもので気流によるやわらかい冷房効果も期待できるようになっています。空調機では結露水の処理が大きな問題となりますが、このパネルでは結露水蒸発装置が内部に設置されて放射伝熱面の表面に結露が生じた場合はこれを集水し自動的に蒸発処理しています。したがって、配管が面倒な結露水排水管が必要ありません。放射伝熱面の大きさは675mm×560mmで□40mmの標準ペルチェモジュールを15枚使用しています。

写真2 冷房の機能

オフィスで実際使用する場合は写真2に示すように、机の両側にパネルを配置して両側から放射により冷房します。放射冷房の場合、放射伝熱面に沿って下向きの自然対流が生じますのでそこに水平吹き出し口から放熱用送風ファンの風の一部を分岐してこの冷えた自然対流を拾って人の上半身にあてるようにしています。またサーキュレーションファンは人の顔の周りに涼風をあてるファンで顔位置での風速を0~0.7m/secの範囲で調整できるようになっています。これらの微風は放射冷房に加え、同時に気流による冷房効果を持たせるもので温冷感の個人差に応じた調整に有効です。

写真3にはこの放射パネルを組み込んだオフィスレイアウトの例を示します。

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品

    写真3 放射パネルを生かしたレイアウト

放射冷房はいままでの空調とは全く異なる試みでしたので、放射冷房が人体に及ぼす体感効果についてはデータがありませんでした。そこで、室温や湿度などの室内条件が精密に制御できる環境試験室内に放射パネルを設置して、アルバイトでお願いした大学生数人を被験者として体感評価試験を実施しました。被験者数は男子20名、女子18名で平均年齢は男子22.9歳、女子は20.3歳でした。いま考えると、もう少し代謝量がおちた中年も加えるべきでした。放射伝熱面の温度やサーキュレーションファンによる微風の風速を変えながら被験者の体感を図2のような温冷感の申告により計測しました。図3にその結果を示します。放射伝熱面の温度を下げていくと温冷感申告値が下がっていく様子が示されており、放射冷房の効果が読み取れます。また0.5m/secの微風が当たると申告値はさらに下がり気流による冷房効果が現れていますが、0.3m/secより大きくすると不快感を感じることもわかりました。

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品

    図2 温冷感申告スケール

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品

    図3 温冷感申告結果

家具メーカと共同で商品化して、やわらかい空調で放射パネルを使用する人には好評でしたが、価格の面で会社の財布を握っている人が導入にOKを出してくれず中断してしまいました。商品化した1990年ごろはやっとパーティションタイプのオフィスが現れはじめたころで、より高価な放射型局所冷房パネルは時期尚早だったということでしょう。

(出展)
小松技法「放射型局所冷暖房パネル」
大西 徹夫・門谷 晥一
1990 VOL.36 No.125