第四話「個人用冷蔵庫は熱電素子の独壇場」| 続・熱電おもしろ話

熱電素子を使った冷蔵庫(電子冷蔵庫)の性能は、第3話で述べたようにコンプレッサー式にかないませんが、これはあくまでも、コンプレッサー式が作れる大きさの範囲ならばと言う条件がつきます。熱電素子の大きな特徴のひとつは、性能を変えずにいくらでも小さくできるところにあります。この特徴を利用した個人個人が持ち運べる大きさのコンパクトな冷蔵庫がいろいろ考えられました。技術的には可能だが、本当に用途があるのだろうかという、熱電素子に特有の課題が前方に立ちはだかります。

写真1 自動車用小型冷却箱

まず1960年ごろ自動車用の小型クーラーとして試作されました(写真1)。当時は自動車用小型冷却箱と呼んでいたようです。まだ乗用車自体を買うのが精一杯で贅沢品のクーラーまで手が回らなかったのか、時期早尚で市場には登場せずにお蔵入りになりました。しかし、このときから約30年後に他社から再デビューを果たしています。写真1のクーラーを元に携帯用のレジャークーラーが1976年ごろ当社で開発され、OEM商品としてD社から発売、500台程度の売り上げを記録しました。

しかしユーザの電子冷蔵のイメージは「瞬間的に冷える」ものであったため、期待とずれてしまい姿を消してしまいました。
それから約3年後、もっと小さくして魚の餌用のクーラーに使えないかとの話が持ち込まれ開発したものが、写真2に示す小型クーラーボックスです。

写真2 魚餌クーラー

大きさはタテ120mm×ヨコ210mm×高さ190mmとコンパクトです。ゴカイを買い込んで、いろいろな温度条件で試験をしてみました。20℃ではゴカイが元気で共食いをしてしまいました。10℃まで下げたところゴカイは仮死状態になり排泄物もださず最も生存率が高くなりました。釣り人にとってはなかなか魅力的な商品だと想像されましたが、ゴカイのために使うには値段が高すぎて、市場には出ることができませんでした。

それから更に6年後の1984年には同様のコンセプトでインシュリンクーラーを開発しました。当時、糖尿病用インシュリンは温度に弱く、患者は冷蔵庫の備えのある病院や家庭から離れて旅行することは困難でした。この問題を解決するために携帯電子クーラーを開発したわけです。
しかし、市場導入の準備をしている間に温度変化に強いインシュリン開発の目途がたって、このクーラーは必要がなくなりました。

写真3 コスメクーラー

当社は1985年頃から熱電素子の利用開発を産業向け機器に絞って民生用からは撤退しましたが、数年前にコスメクーラー(写真3)という名前で魚餌用クーラーやインシュリンクーラーと同様の個人向けミニクーラーが復活したのを発見し驚きました。ぴったりの適用先が見つかったのです。女性の化粧品にも、食べ物と同じように天然成分だけでつくられ、防腐剤や化学着色剤などを添加しない自然派のブームが訪れました。しかしこの天然化粧品は腐りやすくカビも発生しやすい欠点があります。この化粧品を家庭の冷蔵庫に保管することも考えられますが、冷蔵庫のにおいが化粧品に移ってしまう恐れがありますし、逆に化粧品のにおいが冷蔵庫の中の食品に移る可能性もあります。

そこで自然派の女性にとってこのコスメクーラーは是非購入したい商品となったわけです。また化粧品を冷やして使うのは品質を保つだけではなく、肌にもいい効果があることがわかりました。いろいろ温度を変えて研究した結果、液状タイプは7℃、クリームタイプは12℃が最適であることがわかりました。この温度は、まさに熱電素子が得意とする温度範囲です。
香港、韓国でブームになり日本に紹介されたコスメクーラー。韓国では有名女優が使ってブームに火をつけたそうです。日本でもマーケティングでもう一工夫があればブームになるのではないでしょうか?