第1のブームは1954年にRCA(Radio Corporation of America)が熱電素子を使った小型冷蔵庫を試作発表してから起きました。GEやウェスチングハウスなど大手の電機メーカが開発競争に参戦し、商品化を目指した試作が盛んに行われました。そのころ米国の空調冷凍関係の雑誌にのった一文を紹介します。Titleは‘Thermoelectric Refrigeration Catches Nation’s Interest’(熱電冷却の関心全国規模で高まる)です。
熱電冷却の応用に関する議論はいまや工業分野に限られていない。消費者向け雑誌、経済誌、新聞やTVの人気番組でも、この新しい技術がとりあげられその将来性について国民に強い関心をひきつけている。
として、関連記事の紹介をしています。
1959年中にウェスチングハウスは熱電素子を使った商品の発売を開始する。3~5年以内に家庭用冷蔵庫の販売規模と同程度の商品を市場に出すだろう。ウェスチングハウスの熱電部門の責任者はアメリカ空調冷凍学会で講演し、熱電冷却は可能性の段階(maybe stage)を過ぎて実用の段階に入った。今でも既に軍事用途では経済的、技術的にその有効性についてなんら疑問はないが、家庭用や民生用の用途でもまもなく同じ状況になるだろうと強調した。この講演会では同社が試作したクーリングプレート付きダイニングワゴンとボトルウォマー/クーラーが展示された。
また別の新聞では、ウェスチングハウスがピッツバーグの工場で熱電モジュールの生産を商業ベースで開始したと書いていますし、またウェスチングハウスでは年産25万台のコンプレッサー式冷蔵庫工場を電子冷蔵庫工場に改装中との記事もあります。当時の米国の熱電冷却に対する熱狂ぶりと期待が伝わってきます。米国からのニュースを受けて日本でも‘夢の材料’として小松製作所を含め数社が熱電冷却の開発を開始しました。KELKでは、家庭用エアコンや冷蔵庫、自動車用エアコンを試作しましたが、性能が不十分のため実用化にいたらず、工業用途の開発に重点を移して、低温恒温槽、露点温度計、現像用恒温パットなどを商品化しました。また熱電素子のPRのために教材用キットを売り出しました。住友電工は、電子計算機のトランジスター冷却のための電子冷却器を発売、また旅客機搭載用の飲料水冷却装置の開発にも着手していたようです。また、三洋電機も薬局向のアンプル入り栄養剤、ビタミン剤などの冷却ケースで電子冷却市場に参入しました。1962年ごろには日本電子工業振興協会(現在の日本電子情報技術産業協会JEITAの前身)に‘夢の部屋’として電子冷暖房室が作られました。日本でもとても期待が大きかったことをうかがわせます。しかし工業用途をのぞいてはこれら夢の商品は姿を消してしまい電子冷却は冬の時代に入りました。この理由の第一は性能がコンプレッサー型冷却に大きく及ばなかったためです。(前編の第4話も参照してください。)
ところで、ここで電子冷却という言葉がでてきました。民生用には熱電冷却の代わりに電子冷却の名を使うのが一般的のようです。また、コンピュータCPU向はペルチェ冷却と呼ばれています。工業用はなぜか電子冷凍と呼ばれることが多いようです。
第2のブームは、26年後の1980年ごろ始まりました。バブルで世の中は金余り現象。おもしろグッズやちょっとした贅沢品があふれ始めた時期で、熱電素子を使った商品企画がつぎつぎと当社に持ち込まれました。ワインセラー、ヘッドクーラー、お絞りクーラー、美顔器、冷温灸器、金冷器、わんちゃんクーラー等々、多数多彩です。電気を通せば冷たくなる板(熱電モジュール)を見ていると、だれでも商品のアイデアがふつふつとわいてくるようで全員参加型のブームと言えるかもしれません。しかし、このころ開発されたもののほとんどはバブル崩壊と共に姿を消してしまいました。
シリコンCCDはX線から可視光までの光を撮像できます。X線による天体観測はX線天文衛星「あすか」が有名ですが、CCDは-70℃程度に多段ペルチエ素子で冷却されています。また、最近では微小部分のX線分析に使用するX線検出器の冷却にも、多段のペルチエ素子が使われるようになりました。
そして、現在、2000年ごろから第3のブーム始まったようです。パソコンが普及し、少しでも他人より演算スピードを上げたい人たちの間にCPUの冷却用ペルチェクーラーが広がり始めたのが火をつけたようです。おかげで電子冷却よりペルチェ冷却が一般的になってきました。 前のブームのときは失敗に終わった商品も時期到来で再デビューして成功したものが現れました。 そのひとつは、ワインブームに乗ったワインセラー。もうひとつはホテルや病院用の無騒音冷蔵庫です。 まだ、ブームのさなかですのでいろいろアイデアが出されると思いますが、大抵のものは前のブームの時に既に試作されていた可能性があります。以前は何故失敗したのか分析できれば技術も世の中のトレンドも変化していますので、新しい観点を加えて今やれば成功する可能性もあります。この続編では、今まで開発したものを紹介し、皆様の温故知新に役立てたいと思います。