第五話「惑星探査のヒーロー:宇宙船用熱電発電器」| 熱電おもしろ話

ヒーローである理由

 このコラムで以前、焚火から始まった熱電発電の実用化について書きましたが、今回は1960年代から盛んになった人工衛星や惑星探査宇宙船に使われ、華々しい成果をあげた、宇宙用熱電発電器の話です。
 我々の太陽系はまだまだ未知の事象が多く、とくに太陽系誕生の歴史が秘められている木星以遠の惑星探査では、熱電発電器がとても重要な役目を果たしています。惑星探査に使われた宇宙船で、ロケット技術、コンピュータを始めとしたエレクトロニクスがはたした役割は言うまでもありませんが、時には10年以上に渡る長~い探査期間の間ずっと働き続けられる、宇宙船の電源である熱電発電器が無ければ、これらの先端技術を惑星探査に活用することは不可能だったでしょう。したがって、熱電発電機は太陽系探査(とくに木星以遠の探査)の舞台でヒーローの役目を果たしたと言っても過言ではないのです。

太陽電池とRTG(熱電発電器)の使い分け

 2003年の今日、宇宙への探査体制は10年前と比較すると進歩が著しく、国際宇宙ステーション(ISS: International Space Station)に人間が常駐するようになりました。スペースシャトルの打ち上げはコロンビアの事故によって中断していますが、ロシアのソユーズ宇宙船によって、乗員の入れ替えも行われています。 ところで、宇宙でのエネルギー源としては太陽電池が良く知られており、ISSでも巨大な太陽電池パネルが目に付きます(図1)。

  • 図1 ゼーベックの実験

    図1 国際宇宙ステーション

 しかし、太陽電池の発電能力は太陽からの距離の1.5乗に反比例して弱くなり(太陽光の強さは太陽からの距離の2乗に反比例して弱くなるが、低温になるほど太陽電池の発電効率が高くなるため)、太陽系の小惑星帯(火星と木星との中間軌道にある無数の小さい惑星)よりも外側の、木星より遠い惑星に宇宙船を送っていろいろな探査をする場合は、太陽電池は向いていません。太陽の光があまりにも弱く、宇宙船に比較して巨大な面積の太陽電池が必要となる計算になり、土星探査用に計画された宇宙船カッシーニ(Cassini)の場合、図2のように巨大で重量過大となってしまい、打ち上げ可能なロケットの開発が難しいためです。実際のカッシーニには図3のように、計算上必要な太陽電池と比べると非常に小さく見える、放射性同位元素を熱源とした、3基の熱電発電器(RTG:Radioisotope Thermoelectric Generator)が搭載されています。カッシーニは図4のような、美しい土星の写真をはじめ、数多くのすばらしい写真を地球に送ってきました。
 つまり、太陽からの距離によって、宇宙船の電源は「太陽電池」と「RTG」が使い分けられています。
 (もっとも、軍事用の偵察衛星の場合は、大きい太陽電池が軍事攻撃に弱いという理由で、RTGを使うことが多いようです。)

  • 図
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  • 図1 ゼーベックの実験

    図4 カッシーニ(Cassini)宇宙船が撮影した土星

RTGとはどんなものか?

 放射性同位元素を使った熱電発電器を一般にRTG(Radioisotope Thermoelectric Generator)と呼びますが、以下はRTGの説明です。
太陽から遠~い宇宙にうってつけの小型高性能エネルギー源として、放射性同位元素(Radioisotope)があります。放射性同位元素が自然崩壊の過程で放出するα線やβ線は熱エネルギーとして利用でき、かつては、主にβ線を放出するストロンチウム90(Sr-90)やセシウム137(Cs-137)など、いろいろな放射性同位元素の利用が試みられましたが、β線は人体に危険で遮蔽が難しいγ線を伴うため、軍事用を除くと、取り扱いが比較的安全なα線を出すプルトニウム238(Pu-238)が最も頻繁に使われて来ました。Pu-238の放射線量が半分になる時間(半減期)は87年という長い時間なので、10年以上にも及ぶ、太陽系の果てまでの宇宙探査でも充分な放射線量を熱源として確保できます。

 図5に木星の探査に使われたガリレオ(Galileo)宇宙船とこれに搭載されたRTGを示します。Pu-238のα線の運動エネルギーを金属板などの熱吸収板に吸収させて吸熱板の温度を上昇させ、この熱を熱電素子の高温側電極に伝えています。熱電素子の低温側はカバーを介して宇宙空間にさらされているわけです。宇宙空間の温度は3K(-269℃)なので、ものすごく大きい温度差が得られるように思われますが、真空であるために、輻射による放熱しかできません。輻射による放熱の効率を良くするためには、放熱側フィンの表面温度もある程度高くする必要があり、典型的な作動温度は吸熱側(高温側)で400~600℃、放熱側で100~200℃となっています。したがって、熱電素子の高温側と低温側の温度差はせいぜい300℃~400℃程度になっています。発電効率は7~9%程度で、シリコン(Si)太陽電池に近い効率ですが、ガリウム砒素(GaAs)太陽電池には及びません。1989年10月、スペースシャトルから放たれたガリレオ宇宙船は木星に到着するまで、なんと6年を必要とし、到着後さらに8年間に渡って観測を続け2003年9月21日に木星の大気圏に突入してその使命を終えています。また、ボエジャー(Voyager)宇宙船は太陽系のかなたへ飛び去りましたが、RTGは20年以上にも渡って正常に機能し続けました。

 歴史的に見ると、RTG用の熱電半導体材料としては、Bi2Te3系、PbTe系およびSiGe系がありますが、現在の主流は、大きい温度差を得ることができ、発電効率が比較的に優れているSiGe系であり、米国を主とした惑星探査宇宙船用として使われています。

米国NASAの惑星探査宇宙船

 米国では1972年以来、米国航空宇宙局(NASA:National Aeronautics & Space Administration)のジェット推進研究所(JPL:Jet Propulsion Labolatory)が中心になって、パイオニア(Pioneer:1972,1973)、ボエジャー(Voyager:1977,2機)、ユリシーズ(Ulysses:1990)、ガリレオ(Galileo:1989)、カッシーニ(Cassini:1997)などの宇宙船をつぎつぎに打ち上げ、木星、土星とそれらの衛星を詳しく探査するとともに、天王星、海王星、冥王星なども観測して、望遠鏡では決して得られない太陽系の起源と現在の姿に関する数々の貴重な情報を得ることに成功しています。これらの宇宙船には例外なくPu-238を熱源にした、SiGe系のRTGが搭載されています。

太陽電池を使った惑星探査宇宙船

 一方、小惑星帯までなら太陽の光は充分強く、太陽電池は有効なので、1996年に打ち上げられたニア・シューメイカー宇宙船(NEAR Shoemaker)はガリウム砒素(GaAs)太陽電池とニッケル・カドミウム(NiCd)二次電池の組合せを採用しています(図6)。この宇宙船は地球に近い小惑星の中で二番目に大きい図7のエロス(Eros)という天体(13×13×33km)の回りを一年間周回していろいろな観測を行い、2001年の2月にエロスに軟着陸しています。図5のガリレオと図6のニア・シューメイカーを比べると、宇宙船の本体の大きさと電源の大きさの相対的な違いが良く分ります。ガリレオの熱電発電器(RTG)はとてもコンパクトに見えますね

  • 図

    図5 宇宙船ガリレオ(Galileo)と熱電発電機

  • 図1 ゼーベックの実験

    図6 ニア・シューメイカー(NEAR Shoemaker)

RTGの安全性

 Pu-238を熱源にしたRTGは、安全性を確保するために図5のような頑丈な構造になっています。これは、地球の大気圏の中で宇宙船が壊れてPu-238が飛散し、これが人間をはじめとした生物の体内に入ると、α線によって深刻な障害が起こる恐れがあるためです。とくに、宇宙船が地球の重力を利用して加速するスイングバイ(swing by)と呼ばれている地球に接近する操作は、宇宙船が大気圏で分解する危険を伴うため、慎重に計画されています。NASAでは、安全性に関する啓蒙活動を真剣に行っています。あの有名なカール・セーガン(Carl Sagan:Cornell大学の教授で、地球外生命体の研究を提唱)氏も、ガリレオの打ち上げを支持する啓蒙記事をUSA TODAYに寄稿しています。
 生命の存在する可能性のある木星の衛星に衝突するのを避けるために、ガリレオは、その可能性が無い木星に突入させたのです。

注: 全ての図と写真はNASAそのほかのホームページから拝借しています。ただし、図中の解説字句は、筆者が挿入しました。