第二話「究極のπ(パイ)型…熱電素子の構造」| 熱電おもしろ話

パイと言ってもアップルパイとは無関係。ペルチエ素子の一般的な構造がギリシャ文字のπ(パイ)の形と関係があるのです。
 ペルチエ素子は図1のような内部構造をしています。つまり、P型とN型の半導体が、電極付きのセラミックでサンドイッチされたものです。電流はこの中をジグザグに流れ、図の場合は上面から吸熱し、下面から放熱します。では、なぜこのような構造になっているのでしょうか? ほかに、もっとすぐれた構造は無いのでしょうか?

  • 図1 ゼーベックの実験

    図1.一般的なペルチエ素子の素子配列と電流の経路

図2はペルチエ素子の構造の単位とも言うべき「π形」の構造を示したものです。P形半導体とN型半導体とを金属(普通は銅)電極と接合(ハンダ付け)した、とてもシンプルな構造です。ペルチエ素子はこの「π形」をいくつも縦に並べて(電気的に直列に)作られています。今日使われているペルチエ素子は、ほぼ100%この構造を採用していますが、これは「π形」がペルチエ素子にとって最適の構造だからでしょう。「π形」を多数並べるとペルチエ素子の吸熱(放熱)能力はπの数に比例して、容易に大きくすることができるわけです。

  • 図1 ゼーベックの実験

    図2.一般的なペルチエ素子のP,N半導体と電極の配置

π形構造を理解するために、ちょっと我慢して図3の説明を読んでください。 図3はペルチエ素子の原理である、熱電冷却における電子の挙動と、吸熱および放熱の様子を、「π形」を平らに伸ばした状態で示したものです。今、P型半導体側にマイナス、N型半導体側にプラスの電圧をかけると、両半導体中のエネルギーの壁は図のような傾きを持ちます。電子(黒丸)は左端の電極から、P型半導体→真中の電極→N型半導体→右端の電極の順番に通り、電流は電子と反対方向に流れるわけです。

  • 図3.熱電冷却における電子の挙動と吸熱・放熱

    図3.熱電冷却における電子の挙動と吸熱・放熱

左端の電極とP型半導体の境界および右端の電極とN型半導体の境界の二箇所では、電子は高いエネルギー状態から低いエネルギー状態に移るので、余ったエネルギーを熱の形で放出し、放熱現象が起ります。一方、真中の電極と、P型、N型それぞれの半導体の境界では、電子は低いエネルギー状態から高いエネルギー状態へ登らなければならないので、周囲からエネルギーを奪って、吸熱現象が起ります。 したがって、これらの放熱および吸熱をうまく利用するための最適な構造として「π形」が考案されたのです。

光通信網が本格的に敷設され、今日のようにインターネットが普及したのは、EDFA(Erbium DopedFiber Amplifier:ポンプレーザーを用いた光増幅器。光ファイバーの中を数百キロ以上も信号伝達するには途中で光の増幅が必要。)が1995年頃から使われ始め、このEDFAと組み合わせたWDM(WavelengthDivision Multiplexing:波長分割多重)という、一本の光ファイバーに多数の波長の信号を通して、EDFAで多数の波長の光を一括増幅する高速低コスト光通信技術が実用化された後の事です。

ほかにもっとうまい方法が無いかどうか考えてみましょう。

 図4はP型半導体のみ、あるいはN型半導体のみを電気的に並列にした構造です。この構造でも吸熱と放熱は起るわけですが、一般に使われているBi2Te3半導体素子1個にたとえば100mVの電圧をかけると、10Aに近い電流が流れます。100個の素子を並列に並べると、電流は1000アンペア以上流す必要があり、現実的ではありません。

  • 図4.PあるいはN半導体のみの並列配置

    図4.PあるいはN半導体のみの並列配置

では図5のようにP型半導体のみ、あるいはN型半導体のみを直列にした構造はどうでしょうか? この場合は電気的な問題は無いのですが、電極を通って放熱側の熱が吸熱側に容易に移動してしまい、吸熱側と放熱側との間に大きい温度差を得ることが困難です。現在のペルチエ素子が、一般的な使い方で50℃以上の温度差を得ることができるのは、Bi2Te3系の半導体の熱伝導率が銅の約270分の1しかないからなのです。

  • 図5.PあるいはN半導体のみの直列配置

    図5.PあるいはN半導体のみの直列配置

したがって、はじめにお話したように、「π形」構造はペルチエ素子にとって最適の、いや究極の(現時点では?)構造と言えるでしょう。  ただ、世の中には、特殊な用途として「π形」以外の構造も、ごく少数ではあるが存在しますので、ここで紹介しておく必要があるでしょう。  図6は、冷水と温水を得る、パイプ状のペルチエ熱交換器の構造です。この場合は電極を兼ねた金属ブロックに、熱交換のためのパイプを貫通させて、これを数段積み重ねたもので、図のような方向に電流を流すことによって、目的が達せられます。この構造は潜水艦の冷暖房装置として試験的に使われました。  一方、図7は、P型、N型半導体の並べ方と電流の流し方は図6と同じなのですが、P型半導体とN型半導体の間に電極を兼ねた吸熱フィンと放熱フィンを挟み、これらの吸熱フィン列と放熱フィン列の境界に断熱壁(図が複雑で見にくくなるので断熱壁は描いていない)を設けて、冷風あるいは温風を得られるようにしたものです。この構造はペルチエ装置のエネルギー効率を高くすることができる、すぐれた構造なのですが、組立てコストが高く、実用化していません。

  • 図6.特殊なペルチエ素子(パイプ状熱交換器の模式図)

    図6.特殊なペルチエ素子(パイプ状熱交換器の模式図)

  • 図7.特殊なペルチエ素子(フィン状熱交換器の模式図)

    図7.特殊なペルチエ素子(フィン状熱交換器の模式図)

2.光デイスク用SHG青色レーザーの冷却

現在ではすでに室温で冷却無しで、一万時間程度の寿命がある青色レーザーが日亜化学そのほかで開発されており、ハイビジョン映像を2時間以上録画できるHD-DVDあるいはブルーレイデイスクと呼ばれる商品規格のレーザーデイスクが実用化されようとしています。しかし、10年ほど前は青色のレーザーを、パワーの大きい赤外半導体レーザー光の波長を特殊な結晶(あるいは導波路)で半分にしたSHG(Secondly Harmonic Generation:第二高調波)青色レーザーがさかんに研究されていました(図4参照)。SHGでは一般に、波長を半分にする結晶の温度を非常に厳しく(0・01~0.05℃)制御する必要があり、ペルチエ素子は必需品でした。この場合も、結晶の温度を制御すると言うことは、「結晶の長さを一定に保つ」ということなのです。数百mW程度の高出力の緑色や青色レーザーは今後もSHG方式を採用する可能性があり、ペルチエ素子の適用が考えられています。

3.コンピュータのCPU

よくご承知のように、現在の個人用コンピュータのCPU(中央演算処理装置)チップは何らかの方法で冷やさないと設計通りの性能を発揮できません。その理由はCPU の論理回路の素子(トランジスタ)密度がムーアの法則に従って著しく増え、計算速度を速くするために消費電力が大きくなり、その結果発熱量が大きくなったためです。図5は3Dゲームを使ってCPUの性能と温度との関係を実際に測定したもので、横軸は時間の経過を示しています。CPUの温度が15℃上昇すると、性能は半分以下に低下することが分かります。これを見て「温度が上がると性能が落ちるので、冷やすと性能が良くなる。」と思ってはいけません。計算速度の低下は、CPUが故障しないように温度調節機能が作動して、計算速度を遅くするようにプログラムが動作するためです。CPUの性能をカタログ値より上げるには、冷やすと同時に「クロック:計算速度」をカタログ値よりも速く設定する(オーバークロッキング)必要があります。CPUの表面温度の上限は設計で決められており、70℃から100℃くらいが限界ですが、設計温度まではカタログ性能を発揮するはずです。CPUを作っているシリコン(珪素)半導体の耐熱温度は150℃程度で、この温度を越えると半導体としての機能が失われます。したがって、CPUの冷却はコンピュータの性能を維持するためには不可欠ですが、ペルチエ素子を使うと消費電力の増加、コストアップや結露対策などの問題があり、市販のコンピュータにはほとんど使われていません。普通は空冷ヒートシンクを付けてファンで冷却しています。図6は1998年のCPUと2002年のCPUを比較したものですが、最近のCPUは数年前と比べて速度が速いわりには発熱量が小さく抑えられていますね。しかし、とくに最近の高性能CPUのように放熱が100Wにも達すると、ファンも高速回転となり音もうるさいので、再びペルチエ素子あるいは水冷ラジエータと低速ファンの組み合わせで静音化が考えられるようになってきました。

  • 図7.特殊なペルチエ素子(フィン状熱交換器の模式図)
  • 図7.特殊なペルチエ素子(フィン状熱交換器の模式図)

一方、半導体製品にはある程度の寿命のバラツキがあり、「あたりはずれ」によって寿命に大きい差が出ることが図7から読み取れますね。つまり、「はずれ」の品質では一日8時間365日使った場合、2年で壊れることもあるんです。ペルチエ素子に限らず、やっぱりCPUの冷却は重要です。

これまでに説明した半導体レーザーやCPUなどの電子デバイスは、それ自身が発熱しているので「能動素子:アクテイブデバイス」という分類になります。 (SHGの場合は半導体レーザーを含むので、この分類にする。)

次に、デバイス自身は熱を発生しない「受動素子:パッシブデバイス」について説明します。これらの受動素子は全て光センサー(赤外線、可視光、紫外線、X線など)です。(ただし、光センサーでは信号読み出し回路にわずかではあるが発熱があります。)

4.赤外線センサーの冷却

最近では赤外線を画像としてとらえる赤外線CCDカメラが広く使われているので、これについて説明しましょう。ペルチエ素子が使われている赤外線カメラのCCDは、「赤外線CCD」と「非冷却型赤外線CCD」に分類できます。赤外線の波長が8~14μm(マイクロメータ:千分の一ミリメータ)のものは、人間や動物を含めて、室温からあまり高くない物体から放射されていますが、これらのものを周囲の背景から明瞭に区別して表示するのが、良く使われる赤外線CCDカメラです。赤外線CCDはPtSi(白金珪素)、InSb(インジウム アンチモン)、HgCdTe(水銀カドミウム テルル)などの特殊な結晶から作られます。これらの結晶はの赤外線に高い感度を持っていますが、鮮明な画像を得るためにはCCDチップを液体窒素やスターリングクーラーで-150℃付近まで冷やさなければなりません。その理由は、冷やさないと雑音(専門用語で暗電流)が大きく、センサーとして役に立たないからです。ペルチエ素子の実用的な最低冷却温度は今のところ-100℃程度なので力不足ですね。表1の「赤外線CCD」と書いてある項目のセンサーは波長3~5μmの赤外線(エンジンの排気ガスなどの300~500℃の物体から主として放射)をとらえるためのもので、これにはPbS(硫化鉛)やHgCdTe(前述のものとは組成が違う)の結晶から作られたCCDが使われており、多段のペルチエ素子で-30~-100℃まで冷やされて使われます。

一方、これまでの赤外線CCDとは全く違う原理の「非冷却型赤外線CCD」は8~14μmの波長の赤外線をとらえることができ、しかも「非冷却」となっています。センサー部分を構成するCCDは30~50μm角の小さな赤外線受光板が数十万個並んだ(この構造をマイクロボロメータと言う)一種のMEMS(Micro Electro-Mechanical System:微小な電気的機械的装置 )で、それぞれが基板のシリコン半導体に接続してCCDを作っています(図8参照)。赤外線の強弱はこの受光板それぞれの温度変化による電気抵抗の変化を測ることによって検出します。非冷却とは言っても、CCDの温度が室温より高かったり、CCDの温度が不均一だと、人間や動物を検出できないので、CCDの温度をペルチエ素子で室温付近に制御している場合が多いようです。近年ではこの非冷却型赤外線CCDを使ったカメラが一般的になりました。

  • 図8.非冷却型赤外線CCDの内部構造

5.光電子増倍管(フォトマル)の冷却

非常に弱い光でもこのデバイスによって増幅すれば観測することができます。光電子増倍管の構造は図9のようになっていて、光電陰極に微弱光が入ってくると電子が発生し、この電子は増幅電極(ダイノード)によって一千万倍にも増やされ検出することができます。増幅率が大きいので、単一光子レベルまで検出可能な超高感度であり、分光分析、天文学、医療診断、バイオテクノロジー、半導体製造、材料開発その他の用途に広く使用されています。しかし、光電陰極やダイノードの温度が雑音(陽極暗電流)に大きく影響するので(図10参照)、光電陰極あるいは光電子増倍管全体をペルチエ素子などで-30℃程度に冷却することによって感度を向上させて使う場合もあります。

  • 図9.光電子倍増菅の構造
  • 図10.

6.シリコンCCDの冷却

皆さんが使っているデイジタルカメラにはシリコンCCDが使われています。このCCDはシリコン半導体のPN接合からなるフォトダイオード(受光素子)とCCD(電荷結合素子)を組合わせた画像を記録・表示するためのLSI(大規模集積回路)です(図11参照)。シリコンCCDをペルチエ素子で冷却する用途は主として天体写真の撮影です。何千万あるいは何億光年のかなたの弱い光を放つ天体を撮影するためには5分から10分もの長時間露出する必要があり、CCDの雑音(暗電流)をできるだけ小さくする必要があります。普通のデイジタルカメラでも、夜間にフラッシュを使わず数秒から数十秒露出すると「ざらついた」写真になりますね。このCCDの雑音は熱に起因するもので、この原因は撮像素子のPN接合でゼーベック効果により電荷を生じるためです。図12と図13はシリコンCCDの温度と暗電流の関係を表したグラフです。これらの図から、マイナス温度への冷却によってCCDの雑音である暗電流は著しく減ることが分かります。一般的に6~10℃温度が上がると暗電流は二倍になるようです。高感度カメラでは通常は-50~-60℃くらいまで冷却して使われますが、製品によっては-100℃まで冷やせるものがあります。ただし、CCDの各画素にはバラツキがあり、これを補正して正しい画像を得るために個々のCCDに対応した「ダーク補正:シャッターを閉じた状態での補正」や「フラット補正:白色面を撮影したときの補正」などを行う必要があります。

シリコンCCDはX線から可視光までの光を撮像できます。X線による天体観測はX線天文衛星「あすか」が有名ですが、CCDは-70℃程度に多段ペルチエ素子で冷却されています。また、最近では微小部分のX線分析に使用するX線検出器の冷却にも、多段のペルチエ素子が使われるようになりました。

  • 図11
  • 図12
  • 図13

7.APD(アバランシェフォトダイオード)の冷却

APDは「電子のなだれ増幅」を使った非常に感度の高いフォトダイオードで、従来は光通信や各種の光計測に使われて来ましたが、一般にこれらの用途では暗電流を小さくするためのペルチエ素子による冷却は必要ありませんでした。一方、量子暗号通信では光の粒子(光子)を一個ずつ数える必要があるためにAPDの暗電流(光子を数えるやり方なので、ダークカウントと言う)をできるだけ小さくする必要があり、多段ペルチエ素子による冷却が必要です。しかし、ちょっと困ったことがあって、APDの場合はあまり低温には冷やせません。それは「アフターパルス」と呼ばれるもので、なだれ増幅された電子の一部が不純物に捕まって、これがなだれ現象を起こして誤信号になり、APDを高速動作させる障害になりますが、これは温度が低いほど顕著になります。ダークカウントを減らすには温度を下げる必要があり、アフターパルスを減らすにはあまり低温にはできないというジレンマです。結局-50℃くらいに冷やすのが良いようです。  これは多段ペルチエ素子で冷やすには「ちょうど良い?」温度ですね。

今回はいろいろな電子デバイスに使われているペルチエ素子の「冷却効果のメカニズム」について、ちょっと理屈っぽく書いてみました。「あれ? そうだったのか!」なんていうことがあったら、大成功です。