第三話「電子冷蔵庫がワインセラーで復活 」| 続・熱電おもしろ話

50年ほど前の1958年にコマツは国産初の電子冷蔵庫を試作しました。その概念図を図1に示しますが、水冷式※1で見るからにシンプルです。熱電冷却パネルをはさむだけで簡単に冷蔵庫になるのですから、従来のコンプレッサー式電気冷蔵庫を置き換える夢の商品だと皆が考えても不思議ではありません。試作した冷蔵庫の容積は35Lと小型でした(写真1)。

  • 自動車用熱電素子エアコンの構成品

    図1 国産初の電子冷蔵庫の概略図
    (出展:応用物理 Vol29,No6,p389)

  • クライスラーのトランクに設置されたエアコンの主要部

    写真1:国産初の電子冷蔵庫

※1 水冷式
熱電冷却パネルの放熱面の放熱方式が水冷ジャケットで行う方式のことです。 放熱効率の効率が良いと熱電冷却の実効効率もあがります。フィン・ファンなどの空冷式よりも水冷式の放熱方式の放熱効率が良く熱電冷却の実行効率もあがります。

写真2 使用した熱電冷却パネルと同種のパネル (36対、Imax=20A)

使用した熱電冷却パネルは42対の熱電素子対で構成されていました(写真2)。 冷蔵庫内を空で運転した場合、外気温度20℃で2時間後には-6℃、30℃の場合は-2℃まで庫内温度を下げることができました。庫内に冷蔵品がある場合を想定して水3Lを収納して運転した場合、周囲温度20℃で2時間後10℃、5時間後に4℃まで温度が下がり一応冷蔵庫として機能することは確認されました。

しかし電力消費が電気冷蔵庫と比べて7、8倍程度大きくなってしまいました。試作に使用した素子の性能が当時達成していた最高性能より低かったこともありますが、たとえベストのものを使っていたとしても5倍程度の電力が必要でした。また熱電冷却パネルの構造は簡単ですが材料にレアメタルを使っていることもあり製造コストも高くなってしまいました。 結局、電気冷蔵庫を電子冷蔵庫に置き換えることは困難という結論に達しました。今から思えば全ての電気冷蔵庫を置き換えるなど無謀な挑戦でした。

しかし、その時に熱電冷却の特徴としてあげていた項目

(1)可動部分を全くもたないですむため振動、騒音の発生がない。
(2)要求に応じて小型にできる上、小型にしても成績係数※2は低下しない。
(3)電流を変えて容易に冷却能力の調整ができる。
(4)電流の向きを変えることにより簡単に冷却にも加熱にも用いることができる。

がそれぞれ最も重要な特徴となる商品は、何回かの挑戦を経て市場で健闘しています。

※2 成績係数
熱電冷却パネルのみならず冷却装置の効率をあらわす数値です、冷却装置の単位時間あたりの吸熱量を装置の消費電力で割った数です。成績係数が大きい冷蔵庫は少ない電力で作動する、電気代がかからない冷蔵庫ということになります。

写真3 家具風ワインセラー

それが10年ほど前からワインがおしゃれな飲み物としてブームになりワインセラーも復活しました。振動を最も嫌うワインには、熱電素子が最適というわけです。ワインの保存に最適な温度も14℃(±2℃)と熱電素子が十分性能を発揮できる温度です。まさに“どんぴしゃ”のアプリケーションです。
最近では応接間を彩る家具として高価なワインセラーが好評を得ているようです(写真3)。また、ワインセラーとワインクーラーを兼ねて10℃以下から20℃程度まで温度が変えられるものも数多く出てきています。ワインセラーとワインクーラー市場は冷蔵庫と比べるとニッチな市場ですが確実に根づいてきています。

もうひとつ成功例として忘れていけないのは、ホテル、病院用の無騒音冷蔵庫です。
ホテル、旅館で夜中に突然冷蔵庫のコンプレッサーが動き出して目を覚ましたことを経験した人は多いと思います。病院ではもっと深刻な問題です。今はコンビニや自販機で冷えた飲料品は簡単に手に入りますので、ホテル・病院用冷蔵庫は、保冷機能だけが必要なのです。
そこに狙いをつけてホテル・病院用の電子冷蔵庫が数社で製品化され、大変好評を博しています。ホテルや病院の冷蔵庫はパーソナルユースで容量は小さく、5℃程度の保冷機能があればいいので熱電素子で十分対応できる領域です。これもまさにぴったり適用先です。
ワインセラーや無騒音電子冷蔵庫の原型は30年以上前にできていたわけで、いかに市場導入のタイミングが大事かを教えてくれます。