第七話「ペルチェモジュールはどこまで薄くできるか?」| 熱電おもしろ話

 ビスマス・テルル系ペルチエモジュールはもともと板状で、厚さは2mmから5mm程度のものが一般的ですが、非常に薄いペルチエモジュールが必要な時、どんどん薄くしていくとどのようなことになるのでしょうか? 1ミクロンくらいまで薄くすることは可能なのでしょうか?

素子の高さをどんどん低くしていくと、最大電流値Imaxはどんどん大きくなる

 図1および図2のように、素子の断面積を変えずに、素子の高さをどんどん低くして行くと、図3のように、素子の最大電流値Imaxは指数関数的にどんどん大きくなります。今、ビスマス・テルル系素子の断面積を(1×1)mmとした場合、素子高さが2.0mmの時2.4Aだった最大電流値は、素子高さ0.5mmでは9.7Aに、素子高さ0.1mmでは49Aにもなってしまいます。それは、素子のゼーベック定数をα、抵抗率をρ、断面積をS高さをLとし、低温側の最低冷却温度をTcminとすると、最大電流値は、

  • 図

の関係で表されるからです。(ただし、ここではα=400μV/℃、ρ=1000μΩcm、Tcmin=-39℃=234Kelvinとして計算しています。これは、Th=27℃におけるδTmaxが66℃であることを意味します。 )さて、最大電流値が大きくなると何か問題があるのでしょうか?電流が大きくなると、リード線も太くする必要がありそうですね。それから、モジュールのCu電極、ハンダなどのジュール発熱も問題になりそうな気がしますね。確かにジュール熱も問題なのですが、もっと深刻な問題が発生します。それは、「熱電おもしろ話第六話」で採りあげた「熱抵抗」の影響です。つまり、ペルチエモジュールは温度差を得る目的で使うわけですから、最大電流値近くまで電流を流すわけですが、電流が大きくなればなるほど、次式のように放熱量Qhも大きくなっていきます。

  • 図

(ここで、Thjは高温側接合部温度、Iは電流、rは素子の電気抵抗、Kは素子の熱コンダクタンス、δTjは接合部温度差を表します。)

 熱電素子以外のCu電極、ハンダ、NiPメッキ、セラミック基板は全て「余分な熱抵抗」になり、これらの合計をRとすれば、吸熱量がゼロの時に放熱側の熱抵抗による温度差ロスはR×Qhとなるので、この分、最大温度差が低下してしまいます。

  • 図
  • 図
  • 図

    図3 素子の高さと最大電流値との関係

素子の高さをどんどん低くしていくと、最大温度差δTmaxはどんどん小さくなる

 それでは、次に電気抵抗と熱抵抗が、ペルチエモジュールの性能を表す最大温度差δTmaxにどのような影響を及ぼすのかを計算してみましょう。計算に使った材料定数を表1に示しました。素子の高さが最大温度差に与える影響を、電気抵抗による影響(Cu電極、ハンダ、NiPメッキの電気抵抗の合計)、熱抵抗による影響(アルミナ基板と窒化アルミ基板のほかCu電極、ハンダ、NiPメッキの熱抵抗を含む)、に分けて示したのが図4です。素子高さが0.2mmまでは電気抵抗の影響はそれほど大きくはありませんが、0.1mmではかなりの影響が見られます。アルミナ基板の熱抵抗による影響は、素子高さが0.3mmより低くなると顕著ですが、窒化アルミ基板の熱抵抗による影響は素子高さ0.2mm程度までそれほど大きくはありません。アルミナ基板の場合で、素子高さが0.05mmの場合、28℃程度の温度差しか得られませんが、窒化アルミ基板では57℃の温度差が得られることが分り、絶縁基板の熱抵抗の影響の大きさが良く分ります。
図5は素子高さが最大温度差に与える影響を(電気抵抗+熱抵抗)で示したものです。図5から、素子の高さのみを低くして行った場合、最大温度差60℃を得るための素子高さの限界は、アルミナで0.2mm、窒化アルミで0.1mm程度と言う事になるでしょう。

  • 図

    表1  計算に用いた材料定数

  • 図
  • 図

    図5 素子の高さが最大温度差に与える影響

表1の条件で60℃の最大温度差を得るための、限界の最大電流値は?

 では、表1の条件で素子の断面を一定にして、高さだけをどんどん低くしていった時、どんどん大きくなって行く最大電流値を横軸にした時の、最大温度差が低下して行くグラフを見てみましょう。これは図6のような直線関係になります。横軸の最大電流値を対数軸に書き直したものが図7です。この図の方が、最大電流値の増加による最大温度差の低下の影響が良く分かります。つまり、60℃以上の最大温度差を得るための最大電流値の限界は、アルミナでは20A程度、窒化アルミでは40A程度であることが分かり、吸熱密度の向上には熱伝導率の高い基板が有効であることが分ります。

  • 図

    図6 最大電流値 Imaxが最大温度差δTmaxに及ぼす影響

  • 図

    図7 最大電流値 Imaxが最大温度差δTmaxに及ぼす影響

前回と似たような? ---------------- 今回の結論

 ペルチエモジュールを構成するためには熱電素子以外にCu電極、ハンダ、NiPメッキ、セラミック基板などが必要ですが、熱電素子の性能を発揮する上では、これらは全て、電気的、熱的な阻害要因となって、熱電素子本来の性能を大きく低下させます。この性能低下の大きさはペルチエモジュールの放熱密度(単位面積当りの放熱量)に比例して大きくなります。だから、ペルチエモジュールの薄型化、小型化には限界がありそうですね。
(注:素子高さや最大電流値の限界はペルチエモジュールの大きさ、素子の断面寸法その他を変えると当然この結果とは異なります。)

木林 靖忠  記