第四話「熱電エアコン────50年の夢」| 熱電おもしろ話

熱電素子の特長の一つは「薄く作ることができる」ことです。そこで、「薄い、板状の冷暖房装置」を室内の壁に埋め込めば、部屋全体が快適な温度に保たれるわけです。
今回は、熱電素子の仕事にたずさわっている人々が、ビスマス・テルル熱電半導体発見以来50年間も実現したいと思い続けて来た(であろう?)「熱電エアコン」についてのお話です。

発電機が無ければ始まらない!

ペルチエ効果(熱電冷却)の発見(1834年)当時は、まだ電気そのものがエネルギーとして使われていたわけではなかったので、この現象を冷蔵庫やエアコンに応用しようなどという考えは当然ありませんでした。ペルチエ効果発見の3年前(1831年)にエネルギーとして使えるような実用的な発電の原理(電磁誘導)がマイケル・ファラデー(Michael Faraday,英)によって発見されたばかりでした。この発見から交流発電機の商業化まで、50年以上かかっています。
エネルギーとしての電気の最初の実用化は、天才発明家トマス・エジソン(Thomas A. Edison,米)がジョセフ・スワン(Joseph Swan,英)と1880年頃に共同開発した白熱電球と思われます。この頃はまだ直流方式でしたが、ニコラ・テスラ(Nikola Tesla,米)が発明した交流発電機が、ジョージ・ウエスチングハウス(Jeorge Westinghouse,米)が1886年に設立したWestinghouse Electric Company社によって実用化され、現代の交流発電機・変圧機による送電システムが始めて商業化されました。当時の発電機を回す動力はジェームズ・ワット(James Watt,英)によって発明されたピストン式の蒸気凝縮機関(steam condensing engine)でした。

熱電冷蔵庫・エアコンへの急展開と挫折

ペルチエ効果を冷蔵庫やエアコンに使おうとしたのは、それから約70年後の1954年になってからです。この年、RCA(Radio Corporation of America)社のリンデンブラッド(N.E.Lindenblad,米)は、鉛・テルル(PbTe)とアンチモン・テルル(SbTe)の接合対を用いて小型冷蔵庫を試作しました。同じ年に、GE(General Electric Corporation)社のゴールドスミット(H.J.Goldsmid,英)らがP型にビスマス・テルル(Bi2Te3/Sb2Te3)を、N型にビスマス(Bi)を用いて26℃というこれまでにない大きな温度差を得ることに成功しました。ゴールドスミット等は翌年の1955年にはビスマス・テルルのP型とN型の組み合わせで一挙に温度差46℃まで性能を向上させたので、ビスマス・テルルの性能向上には大きな期待がかけられることになりました。  このため、米国のRCA、ウエスチングハウスをはじめとして、世界中で将来の商品化をめざしたオフィスや家庭用の冷蔵庫やエアコンの試作が盛んに行われました。写真1はその頃RCA社で作られた冷暖房室の壁です。写真2はこれより少し後にウエスチングハウス社で試作された、なんと近頃やっと実用化が始まったEL照明まで組み合わせた熱電冷暖房衝立です。写真3はKELKの前身会社で試作したエアコンと冷蔵庫です。いずれも、まだとてもエアコン(あるいは冷蔵庫)と言えるような性能ではなかったのですが、高性能材料の開発成功を見越した気の早い試作だったわけです。

  • 図1 ゼーベックの実験

    写真1 熱電冷暖房室の壁(RCA, 1950年代)

  • 図1 ゼーベックの実験

    写真2 熱電冷暖房と調光照明(EL)を組み込んだ衝立(Westinghouse, 1960年代)

  • 図1 ゼーベックの実験

    写真3 KELK(の前身会社)で試作したエアコンと冷蔵庫(1958)

乗り物への熱電エアコン搭載

 現在では先進国のあらゆる乗り物にエアコンが付いていますが(ただし、先進国の中でもヨーロッパでは気候条件の関係から、エアコンが無いことが多いが)、熱電エアコンを車や列車に搭載するアイデアも早い時期からありました。写真4はKELKが1958年にテストした、車載熱電エアコンです。この試作装置は車内全体を冷やす能力は無く、顔の付近に風を当てる構造でしたが、乗客の感想は「窓を開けたほうがずっと涼しい!」でした。乗用車の座席の背中や脚まわりの汗ばむ所を除湿冷却できる、シートエアコンがアメリゴン社(Amerigon Inc.)によって最近実用化され、高級車に採用されています(図1)。ただし、これも室内全体を冷房するエアコンが必要で、シートエアコンはあくまでも補助的な役目を担っています。
 フランスでは1973年ころから、鉄道の客車用冷暖房装置の開発を行い、冷房能力12KW、暖房能力16KWの熱電エアコンを今日まで運用している例があります。
 また、米国やフランスでは潜水艦の電子装置や室内の冷房に10~30KWクラスの大容量の熱電エアコンを試験的に採用した例があります。

  • 図1 ゼーベックの実験

    写真4 KELK(の前身会社)で試作した熱電車載エアコン------クライスラーのトランクに搭載(1958) 

  • 図1 ゼーベックの実験

    図1.アメリゴン社の自動車用シートエアコン(Climate Control Seat)(Amerigon社ホームページより)

ビスマス・テルル熱電素子の性能向上目標

ビスマス・テルルで期待された性能目標は、当然のことながら圧縮冷凍機であり、性能指数Zの目標値は5~8(×10-3K-1)でした。因みに、ゴールドスミット氏の開発したビスマス・テルル熱電素子の性能指数Zは1.5程度であったと思われます。良く知られているように、現在ではこの値は2倍程度に向上しましたが、目標には程遠い3.0程度に止まっています。

フロンガス廃止の追い風

 一度は諦められた熱電冷蔵庫や熱電エアコンですが、オゾン層を破壊するフロンガス(CFC)の廃止が1987年のモントリオール議定書により決定され、再び脚光を浴びました。とくに日本ではビスマス・テルルの性能向上や熱電システムの効率向上に関する研究開発が熱心に進められた結果、かなりの前進が見られました。熱電素子の性能指数Zはまだまだ圧縮冷凍機にくらべて低いものの、量産品で3.0程度のレベルまで向上しています。システムの効率向上についても、熱電素子の性能を最大限引き出すために、各部の熱抵抗を下げるためのいろいろな工夫がされました。この結果、「静かさ」を生かして、現在ではホテルや病院の冷蔵庫(ただし、冷凍は不可)、個人用の小型冷蔵庫が相当量生産されるようになって来ました。一方、産業用には小型・薄型で精密な温度調節が可能な、「熱電チラー」や、「熱電温度湿度調節装置」が商品化され、半導体の製造工程で使われています。

 しかし、圧縮冷凍機に替わるような、高い能力の「熱電エアコン」を実用化できる高性能熱電材料は見つかっていません。もうしばらく待つ必要がありそうです。

注:写真は全て上村欣一氏の提供によります。また、内容の一部は上村欣一・西田勲夫著「熱電半導体とその応用」から引用しています。